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「お前バカじゃの」ホームランを打って父親に怒られた日

「お前バカじゃの」ホームランを打って父親に怒られた日

監督ブログ

 

以前も書いたと思いますけど、小学生の時、私はメチャクチャ下手くそな選手でした。

今、小学1年生にはるま君っていうカワイイ子がいますけど、そのはるま君よりも当時6年生だった私の方が野球が下手でした(笑)

 

笑えないんですけど、笑ってください。

でも、私は母が無理して買ってくれたグラブとバットだけは大事にしていて、いつも磨いていました。

野球が好きだったんですよ。

たまに父親が広島市民球場に広島vs巨人の試合を観に連れて行ってくれて、すごく嬉しかったのを覚えています。

当時、私は巨人ファンで、原辰徳さん・篠塚さん・角さん・吉村さん・中畑さん・栄村さん・桑田さん・槇原さん・斎藤さんとか好きだったです。

古いでしょ(笑)

試合前の巨人の選手のフリー打撃を見て衝撃でした。

原辰徳選手が黒い木製バットで軽く振ってホームラン連発!

 

「うわ~俺もあんなになりたい」

 

って当時思いました。

母親が勝ってくれたバットとは言ってもミズノとかゼットとかのメーカーではなく、今で言うところのナフコさんにあるような2900円くらいの無名のメーカーの飛ばないバットですよ。

当時の大賀家は本当に貧乏で貧乏で・・・

 

大賀家は父も母も苦労していたのですが、私は小学校6年生から中学校1年生になる時になんか転機があったんですよ。

 

「このままじゃいけん」

 

ってふと思った記憶が今でもあります。

小学校から帰って「あぶない刑事」のドラマを観て、それから家の前で一人で2~3時間くらいだったと思いますが無心でバットを振り続けていました。

友達とは一切遊ばずに野球の練習を一人でしていたんですよ。

小学校生活ではそこはあまり野球を教えてくれるチームではなく、上手い人が毎回レギュラーで試合に出て、そして負けたらみんな監督から怒られる。。。

そんなチームでした。

今も昔も変わってないんですよ。

私はもう下手という目で見られていましたので、試合に出ることなく、監督やコーチにお茶を出したりボールを拾ったり、グランド整備をしたり・・・

そんな毎日でした。

 

小学生って親が試合を観に来たりするでしょ?

でも私は親にいつも「来んでええよ」なんて言っていました。

試合に出れなかったので親が恥ずかしい思いをするのではないかと思って。。。

子供ながらにそんなことばかり思っていました。

 

親は私たち子どもにはロッテリアとかたまに買ってくれて食べさせてくれて、親は袋ラーメンだけを食べているのを見て、私は確かその時に自分が変わらないといけないって思ったんです。

親が自分を犠牲にして、無理して買ってくれたバットとグラブですが、試合に出ないので使うことないですよね。

なので、なんとか試合に出て使いたいと思って必死にバットを振り続けたんです。

 

中学校に進学する時、正直迷いました。

野球辞めようかな~。キツイから。

でも、なんとか野球で頑張って小学校時代の友人を驚かせてやりたいと思って必死に頑張りました。

 

当時の中学校・中学生って恐い先輩ばっかりでしょ?

特にうちの中学校は酷かったです。

でも1年の夏だったと思いますけど、大会でなぜか背番号をもらえました。

自分が一番ビックリしました。

人数も50~60名のチームでした。

それでスタメンに起用もしてもらいました。

 

後々、親に聞くと中学校の時の監督がたまたま小学校近くの見守り登板かなんかで大賀家の近くに車で来てたらしく、その時に私が毎日素振りをしているのを見ていたそうなんです。

当時監督から

 

「あれだけ振って試合で打てんかったら野球辞めた方が良いぞ(笑)」

 

なんて茶化されたのですが、その言葉が本当に嬉しかった。。。

そして、2年生だったと思いますが人生初ホームランを球場で打ちました。

ガッツポーズしながらベンチに帰って、監督に褒められ、上級生から褒められて有頂天になっていました。

その試合、親が初めて試合を観に来てくれまして、正直ちょっと力が入っていました。

 

ただ、事件が起きたのはその後です。

その試合を勝って家にルンルン気分で帰ったらお父さんが

 

「お前バカじゃの!お前、いつからそんなバカになったんや!なんもわかってねえの!お前は相手の気持ち考えたことあるんか!自分がホームラン打てたらそれでええんか!打って気持ち良い者もおれば打たれて悔しい思いをしとる奴もおるんぞ!相手の気持ちをわからんと人間失格じゃ!」

 

って人生初くらい怒られました。

なので、それ以降、野球をしている時に笑ったりすることはありませんでした。

高校の時も数本ですがまぐれでホームランを打たせてもらったんですけど、淡々とダイヤモンドを回って試合が終わるまで笑うことはなかったです。

父親の言葉って重いですよね。

 

なんかあの時の原体験があって、今の私がいます。。。

小学生にもそんないろいろなことを伝えていければと思っています。

 

終わり

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